- Date: Mon 04 02 2013
- Category: ボードゲームのお話
- Tags: 世界のボードゲーム ボードゲーム boardgame 二人プレイ 二人用ゲーム
- Community: テーマ "ボードゲームのお話" ジャンル "趣味・実用"
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ボードゲームという趣味について
遠~い昔の夏の週末のある日のこと。
会社を引けたあとで仲間と麻雀。その後、スナックに飲みに。
明け方近くまで飲んで、そのまま予定していた早朝ゴルフへ。
1ラウンドプレイして、漸く家に帰って朝ごはん。
ご飯を食べ終わったら、休む間もなく淀川の河川敷に行って予定していた野球の試合を1ゲーム。
この頃になるとさすがに疲れて、家に帰ってきて休んでいたら急に腹部に激痛。
ツレが買い物で出かけていて不在だったので、お隣まで這って行って病院まで即搬送していただきました。
診察の結果は尿管結石で急きょ入院。駆けつけたツレもあきれ顔。
尿管結石で思い出したのですが、
入社当時に寮生活をしていた頃にも、尿管結石で救急車で病院に運び込まれて、その時も入院。
同じ職場にいたツレが見舞いに来てくれたのが、彼女と付き合うきっかけになったように思います。
そういう意味では、私にとっては尿管結石様様で、結果的にはとても有難い病気と言えるかもしれません。
子供が生まれた頃の話。
毎週土曜日と日曜日には、車で30分程度離れたパチンコ屋さんに終日入り浸り。
1発台といって、パチンコ台の中央に擂り鉢状の真ん中に穴が開いているお皿のようなものがあって、
上からパチンコ玉が落ちてくると、玉は皿の上で回りながら中央の穴に落ちていく仕組み。
この皿をよく見てみると、正面奥の皿の縁に1本小さなポールが立っていて、
そのポールの後ろに、これまた小さなポケットが隠れるようにして配置されている。
ポールは皿の縁から少しだけ手前に立っていて、上から落ちてきたパチンコ玉の回転によっては、
玉が皿の縁を回り、このポールの裏に回ることが稀に生じる。
パチンコ玉は上から落ちてくるだけなので、ほとんど起きないのだが。
玉が皿を回る回転が緩いと、手前のポールに当たって弾かれ、
回転が速すぎると、玉がポールの後ろを皿の縁に沿って回って手前に戻ってきてしまう。
程よい回転だと、玉がポールの真後ろで減速してポールの後ろに隠れているポケットにポロっと落ちる。
そう、まさにポロっという感じ。
この1発が入れば、出玉12,000円の大当たり。
そしてこいつが1回来ると不思議と短時間で3回続き、その台では打ち止めとなります。
一回だけだが、パチンコ玉がこのポールとその後ろのポケットの間の皿の縁で止まったことがあった。
店員に言ったら、その止まっている玉を取り上げて、代わりに10個程度玉を出してくれた。
「兄ちゃん、ありゃほっといた方がエエで。台ゆすらんでも、いずれは入るよって。ああ、損したな。」
隣りで打っているおばちゃんが、ぼそっと言ったことを今でも憶えています。
余程残念だったのだろう、それからしょっちゅう、ポールの後ろに止まったパチンコ玉の夢を見ました。
この一発台のエリアで玉を打っていたのは、ほとんどが常連。みんな顔馴染だが、ほとんど会話は無かった。
中でも憶えてるのが通路で絶対に避けない、こわ~いおっちゃん。目がすごい怖い人だった。
先のおばちゃんも、化粧っけがないので普段は感じないけど、よく見ると綺麗な顔立ちの人だった。
だけど妙に目が据わっていて、自分の住んでいる世界の人とは違っていた。
パチンコでは、私の父とツレと私の3人でパチンコ屋の新装開店に朝から並んだことが何度かありました。
そんな父も逝ってしまい、ポールの後ろに止まったパチンコ玉の夢も、さすがに今では見なくなりました。
仕事がら、オーディオにもハマってスピーカーを聴き比べながら、
「ハリー・ベラフォンテの唾が飛んでくるようだ。」なんて仲間と話し合ったもんです。
「Hey! Matilda, Matilda, she take me money and run Venezuela. Once again now! …」
「ツァラトゥストラはかく語りき」のイントロの重低音部では蝋燭をスピーカーの前に置いたりして。
いまでも我が家では、棚に乗っているTannoyのスピーカーが小さいけどイイ音出してくれています。
ボードゲームは、エポック社の「史上最大の作戦」にAH社の「戦闘指揮官」。ウォーゲームにどっぷり。
仲間数人でバンガローに泊まり込みで徹夜でプレイしたこともありました。
小説も大変好きで、高村薫の「レディ・ジョーカー」や天童荒太の「悼む人」みたいに
気にいったものがあると夜寝る前に読むその小説の存在だけで生きていることが素晴らしいと私には思えます。
TVゲームでは、PS3の「デモンズソウル」なんか、
プレイしている最中でも、このゲームが終わる時のことを考えると悲しくなるほどでした。
毎朝、会社に1時間前に行って仲間と野球の練習してた頃もありました。
汗ダクダクで上司から「そんなんで、仕事になるのか!」と説教されて断念しましたが。
それから少しして、
今度は毎朝近くの空き地へ、野球バットがゴルフクラブに替わってゴルフの練習に。
ツレからは「朝早ようから。ようやるなあ~」とここでも呆れ顔。
努力は人一倍するほうでしたが、残念ながら何をやっても並みのレベルの域を脱することはありませんでした。
でも何をやっても、皆と一緒に本当に心から楽しめたような気がします。
昨夜のドラマ「dinner」で言ってたことですが、料理人に大切なことは、うまい料理を作ること。
そう、私にとって趣味で大切なことは、面白いこと、心から本当に楽しめること。
「ボードゲーム」、今とっても楽しんでいます。
会社を引けたあとで仲間と麻雀。その後、スナックに飲みに。
明け方近くまで飲んで、そのまま予定していた早朝ゴルフへ。
1ラウンドプレイして、漸く家に帰って朝ごはん。
ご飯を食べ終わったら、休む間もなく淀川の河川敷に行って予定していた野球の試合を1ゲーム。
この頃になるとさすがに疲れて、家に帰ってきて休んでいたら急に腹部に激痛。
ツレが買い物で出かけていて不在だったので、お隣まで這って行って病院まで即搬送していただきました。
診察の結果は尿管結石で急きょ入院。駆けつけたツレもあきれ顔。
尿管結石で思い出したのですが、
入社当時に寮生活をしていた頃にも、尿管結石で救急車で病院に運び込まれて、その時も入院。
同じ職場にいたツレが見舞いに来てくれたのが、彼女と付き合うきっかけになったように思います。
そういう意味では、私にとっては尿管結石様様で、結果的にはとても有難い病気と言えるかもしれません。
子供が生まれた頃の話。
毎週土曜日と日曜日には、車で30分程度離れたパチンコ屋さんに終日入り浸り。
1発台といって、パチンコ台の中央に擂り鉢状の真ん中に穴が開いているお皿のようなものがあって、
上からパチンコ玉が落ちてくると、玉は皿の上で回りながら中央の穴に落ちていく仕組み。
この皿をよく見てみると、正面奥の皿の縁に1本小さなポールが立っていて、
そのポールの後ろに、これまた小さなポケットが隠れるようにして配置されている。
ポールは皿の縁から少しだけ手前に立っていて、上から落ちてきたパチンコ玉の回転によっては、
玉が皿の縁を回り、このポールの裏に回ることが稀に生じる。
パチンコ玉は上から落ちてくるだけなので、ほとんど起きないのだが。
玉が皿を回る回転が緩いと、手前のポールに当たって弾かれ、
回転が速すぎると、玉がポールの後ろを皿の縁に沿って回って手前に戻ってきてしまう。
程よい回転だと、玉がポールの真後ろで減速してポールの後ろに隠れているポケットにポロっと落ちる。
そう、まさにポロっという感じ。
この1発が入れば、出玉12,000円の大当たり。
そしてこいつが1回来ると不思議と短時間で3回続き、その台では打ち止めとなります。
一回だけだが、パチンコ玉がこのポールとその後ろのポケットの間の皿の縁で止まったことがあった。
店員に言ったら、その止まっている玉を取り上げて、代わりに10個程度玉を出してくれた。
「兄ちゃん、ありゃほっといた方がエエで。台ゆすらんでも、いずれは入るよって。ああ、損したな。」
隣りで打っているおばちゃんが、ぼそっと言ったことを今でも憶えています。
余程残念だったのだろう、それからしょっちゅう、ポールの後ろに止まったパチンコ玉の夢を見ました。
この一発台のエリアで玉を打っていたのは、ほとんどが常連。みんな顔馴染だが、ほとんど会話は無かった。
中でも憶えてるのが通路で絶対に避けない、こわ~いおっちゃん。目がすごい怖い人だった。
先のおばちゃんも、化粧っけがないので普段は感じないけど、よく見ると綺麗な顔立ちの人だった。
だけど妙に目が据わっていて、自分の住んでいる世界の人とは違っていた。
パチンコでは、私の父とツレと私の3人でパチンコ屋の新装開店に朝から並んだことが何度かありました。
そんな父も逝ってしまい、ポールの後ろに止まったパチンコ玉の夢も、さすがに今では見なくなりました。
仕事がら、オーディオにもハマってスピーカーを聴き比べながら、
「ハリー・ベラフォンテの唾が飛んでくるようだ。」なんて仲間と話し合ったもんです。
「Hey! Matilda, Matilda, she take me money and run Venezuela. Once again now! …」
「ツァラトゥストラはかく語りき」のイントロの重低音部では蝋燭をスピーカーの前に置いたりして。
いまでも我が家では、棚に乗っているTannoyのスピーカーが小さいけどイイ音出してくれています。
ボードゲームは、エポック社の「史上最大の作戦」にAH社の「戦闘指揮官」。ウォーゲームにどっぷり。
仲間数人でバンガローに泊まり込みで徹夜でプレイしたこともありました。
小説も大変好きで、高村薫の「レディ・ジョーカー」や天童荒太の「悼む人」みたいに
気にいったものがあると夜寝る前に読むその小説の存在だけで生きていることが素晴らしいと私には思えます。
TVゲームでは、PS3の「デモンズソウル」なんか、
プレイしている最中でも、このゲームが終わる時のことを考えると悲しくなるほどでした。
毎朝、会社に1時間前に行って仲間と野球の練習してた頃もありました。
汗ダクダクで上司から「そんなんで、仕事になるのか!」と説教されて断念しましたが。
それから少しして、
今度は毎朝近くの空き地へ、野球バットがゴルフクラブに替わってゴルフの練習に。
ツレからは「朝早ようから。ようやるなあ~」とここでも呆れ顔。
努力は人一倍するほうでしたが、残念ながら何をやっても並みのレベルの域を脱することはありませんでした。
でも何をやっても、皆と一緒に本当に心から楽しめたような気がします。
昨夜のドラマ「dinner」で言ってたことですが、料理人に大切なことは、うまい料理を作ること。
そう、私にとって趣味で大切なことは、面白いこと、心から本当に楽しめること。
「ボードゲーム」、今とっても楽しんでいます。
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たまたま、おもちゃ売り場においていた、箱に印刷された、あの顔と目があったような
感覚で、どんなゲームかもわからず、衝動買いしました。
友達も少なく、当時、ボードゲームなんて言葉も知らない20数年前です。
そのラミーキューブは、ずーと、押し入れに入っていたのですが、
数年前、教室の子ども達や保護者とやって、物凄く面白かったのを
覚えています。
それが僕のボードゲーム(ラミーキューブはボードゲームにカテゴライズしていいのかは分かりませんが)の
原点かもしれません。
それから、簡単なゲームをはじめ、出来もしない重たいゲームも興味があれば買いあさりました。
結婚して子どももゲームが出来るようになってきて、夜な夜な楽しんでいます。
カミサンもある程度は付き合ってくれています。
40過ぎの遅咲きのデビューですが、まだまだ頑張って楽しもうと思います。
先ずは未PLAYのゲームを0にしないといけませんね!